2010年11月9日火曜日

立冬を迎えて、夏・秋をふりかえる

立冬を迎えました。
まだ神宮の銀杏並木はやっと色づいてきたぐらいなので、
秋本番はこれからのようですが、暦の上では冬。

今年の、夏、秋をふりかえると、肉体改造・見た目改善
に盛り上がった数カ月でした。

8月中ごろに、いままでの通りの食生活・生活習慣では、
代謝が落ちてきた身体にはマズイのだ・・・と気づいてしまい
30代最後の今年、きちんとこのことを自覚して変化しないと
いけないと、閃いてしまいました。

「これが中年太り、とかっていうものなのね~」と、自分が
中年と呼ばれる世代になってきたことをなんだか面白く感じ
せっせと若いころと今の基礎代謝量の違いを調べたりしつつ、
やる気満々で肉体&生活習慣改善をスタートしました。


占星術を勉強し始めてなるほど納得だったのは、太陽星座が
おとめ座の私は、体の手入れや、食生活を整えること、などの
いわゆる「健康おたく」的なことがだーいすきだということ。

おとめ座の特徴通りの私は食生活や生活習慣などをより良い
状態に変えようという努力は全く苦痛がなくて、むしろやり
すぎるぐらい(笑)。なので、試行錯誤しながらも自分の身体が
変化していくことは楽しくて、結構スムーズに変化してきました。


今回、私が一番改善したかったのは下半身の重さ。贅肉、
水分(むくみ)がたんまり詰まったこの下半身を「今」どうにか
しておかないと、今後どんどん手放すことが困難になっていく
だろうと本気で危機感を感じました。

昔から上半身と下半身の代謝の違いは自覚していて、冷え取りを
初めて温めるようにしてから多少改善はしたものの、やはり
たくさんついている贅肉、そしてむくみが血流やリンパの流れを
阻害してしまい、脚の状況を良くすることを難しくしていることは
明らかでした。ぶちぶちと醜いセルライトが居座っている以上
この状態を脱することは出来ない、と結論。


そして、プロに任せてみよう、と脚やせ専門のエステに通ったのでした。

目的はミニスカートでも短パンでもなく、ただただ長年気にしていた
セルライトを落とすこと、むくみを手放すこと。

結果。通って本当に良かったです。

生活習慣のアドバイスや、マッサージの仕方も教えてもらい、毎日取り組み
ました。もちろんスタッフの方たちによる施術も効果あり。

しかし、私にとっては今回本気で、ずっと気にしてきたコンプレックスを
改善しようと、今までいろいろ勉強してきた健康おたくの知識を総動員して、
この目的を果たすよう頑張ったことが、あらたな気づきをたくさんもたらして
くれました。


中年になると身体がこんなに変化してくるから、今まで通りではダメだと
いうこと。この事実にきちんと気がつき、受け入れ、行動しないといけないのです。

いままでダイエットなんて全く興味ありませんでしたが、健康的に体重を
落とすために大事だと言われていること―基礎代謝を上げる、きちんとご飯を
食べる、など―が「なるほど、その通りである」ということも体感しました。

そして、実は子供の時から私がずーっと抱えてきていた大きな問題「低血糖」
であること、をきちんと受け止め、改善するきっかけをもらたしてくれました。


この本、すごくお勧めです。日本人全員に読んでもらいたいと本気で思います。






現在の成果。(8月下旬から現在までの変化)
体重 約50キロ→44キロ
太もも&ヒップ 約8cm減
ふくらはぎ 約4cm減

私は長年体重47キロだったので、実際には3kgぐらい減った感じ。
でも8月下旬は一時的に相当体重が増えてました。

そしてずっと気になってた脚のむくみは本当に楽になったので、
歩くのがとても軽い(^^♪ これが何より嬉しいです。


この数カ月にやったことを書き残しておこうと思っています。
健康的に身体を変化させることに興味がある方の参考になれば
と思います。

2010年11月8日月曜日

きっと「進化」なんだろうな・・・

最近の生まれている子の中には、歯の数が減っていたり、
顎が極端に細かったりする子もいるという話を聞いたことがあります。

ちゃんとした「食事」を摂る、ということなく、お菓子や
栄養補助食品、サプリメント、スナックバーなどで
食事の代わりにする、というのも今の若者の世代では
珍しいことではないとも聞きます。

私も、かつてカロリーメイトのような食品が出た時、
「画期的だ!」と思った一人ですし、ちょうど私が子供の
ころから、インスタント食品や、コンビニ文化が日常化
してきたので、そういう風潮のまっただ中で育ってきた、
とも言えます。


私の世代はちょうど伝統的な食卓からの変化を経験している
世代なのかもしれません。

であれば、今の若い世代は、かつての「食卓に乗っていた食事」
というのはあまり知らないで育ったのではないかと想像します。


そう考えると、歯の数が減ったり、顎が細くなったり、サプリメント
が食事代わりになったり・・・・というのはもしかしたら「進化」
なのかな?って思えてきます。


私自身は玄米なんかをゆっくり噛みしめて食べると、美味しいなあ~
って感じます。久しぶりに玄米を噛みしめて食べて次の日顎のあたりが
筋肉痛になると「退化してる・・・まずいっ!」と感じます。


でも、そういう旧型(笑)の人間から、いわゆるニュータイプ
に進化してる過程なのかも?なんて考えると、人ってすごいなあ、って
思ったりするのです。


かつての古き良き時代の食卓への回帰が人間の健康へのカギである、という
考えはもちろん魅力的が考え方です。少なくとも私にとっては旧型の自分の
身体にあった、昭和の香り漂う食事が元気をもたらしてくれると感じます。


伝統的なあるべき方法で作られた、味噌・醤油・油、漬物やその他の食べ物。
私はそういうものが大好きですし、それを守り作り続けている人たちに
心からありがたいなあ、って思います。

しかし、一方で大量生産、添加物いっぱい、の食品が大量に出回る中で、
それに対応するための「進化」が起こっているのかと思うと、
そういう物を頭ごなしに否定することは、私自身のこだわりを増長する
だけのような気がしてくるのです。


物ごとは全て「生まれ、消え去る」もの。
極端まで達すれば、いずれ戻ってくる。


その理を眺め、全てのものは変化する、ということを
頭と心で理解したいと思います。

2010年11月5日金曜日

お酒、について思うこと

今年になって、私たちはお酒を飲むことがやめました。
もともと、そんなに飲む人たちではありませんが、
外に食事に行ったときは食事と一緒に少し嗜むことも
ありました。

止めたきっかけはヴィパッサナー瞑想のサティパッターナコースに
参加するにあたり、アルコールを飲んでいない、という条件を
満たすためです。

初めは、瞑想のコースから戻ってきたら飲んでも良いかな、と
思ってました。

でもコースが終わったあと、夫の方から「飲まないままでいたい」と
言われ、私はもともと飲まなくても平気な人なので、それならば、
ということでお酒を飲むことをやめました。


お酒が好き、というよりも、食べるのが好きだったので、
チーズにワイン、お刺身に日本酒、という楽しみがなくなるのは
正直さみしくてたまりませんでした。

でも、止めてみて、そのさみしさよりも、お酒によって有耶無耶に
されていた自分の中の何かが胡麻化されないようになることの方が
私にとって重要なことだと感じるようになりました。


私はもともとの性質として物事を真面目に捉える性質があります。
熱心に考えたり、自分の中を掘り下げたり、物事の本質を知りたい、という
探究心がとても強い傾向があります。


なので、心も身体も緊張することが多いのです。リラックスしにくい、
とも言えます。常に何かを考え、感じています。


だから身体には負担がかかります。身体の凝りもあるし、疲れやすくも
ある。これが健康か不健康か、と言われれば、不健康だという人も
あるでしょう。


「もっとリラックスして生きないと」とか「リラックスすることを心がけて」
という風にも良く言われます。

でもね、出来にくいんですよ、私には。
リラックスしよう、なんて意識してしまっては、それは
私にとって不自然なことなんです。真面目にリラックス
について考えちゃうわけですからね(笑)。

だから、最近私は、自分が考えるのが好きなこと、常に
何かを感じて、考察して、自分なりの考えをまとめること、
真面目に取り組むこと、が大好きなのだと受け入れました。

好きなことは自然にやってしまうのです。だから敢えて
それを止めようとはしない。そう思う方がわたしにとっては
大いにリラックスしていられます。



一時期、私はお酒を飲んだ時に、自分がふわーっと
リラックスする状態になるということに気がつきました。

本来はお酒を飲むことと瞑想することは相容れないのですが、
たまたま友人と会って食事をして、帰宅してから瞑想した時に
いつもと違う感覚を味わったからです。

細かいことに気をとられすぎることなく、なんだか気持ち良い
状態になる。「ああ、これが人がお酒を飲みたくなる理由
なんだな」と思いました。

(ヴィパッサナー瞑想では、どんな些細なことにも常に
気が付いている、という感覚を養うものなので、お酒を飲んで
瞑想するなんてことは本来言語道断です。でも、いつも細かい
ことに気を取られすぎて「本当にこれでよいのだろうか」って
疑心暗鬼の塊の私が、なんだかふわ~っとリラックスして
1時間の瞑想を終えたとき、「うーん、これはなんだか違う」
って思ったのでした)



お酒って、身体の、心の緊張から解放されるのだから、すごい
と思います。私にとっても、もしリラックスすることが目的ならば
お酒を適度に飲むことは有効なんだろうなと自覚しました。


でも、それってなんだか違う、と私は感じました。
私が送りたいのはそういう人生ではない、と。


もちろん、これも人の選択です。
良い、悪い、とかではない。お酒が悪い、とか良い、とかって
いうことは言えないです。目的が違うなら選択も違って当然
ですから。


少なくとも言えることは、やはり修行をするうえで
お酒は避けた方が良い、ということです。感覚を研ぎ澄ます
訓練をするときに、感覚を鈍らせるものは有効ではありません。

正しい言葉、正しい行動、を重んじる時に、自分の言葉や
行動を狂わせる可能性があるものを摂るのも有効ではありません。


何事も、目的があってこその「よし」「わるし」なんだなと、
思うのです。


お酒も、食生活も、同じ。

何を目的に生きるのか。
それが分かって初めて手段を選ぶことの重要性が
出てくるのだと思います。

2010年11月4日木曜日

日常と非日常

なぜ私がこの「食ブーム」に違和感を覚えるのか。

それは、”日常”と”非日常”、”ハレ”と”ケ”の感覚が
ごちゃまぜになっているからかもしれません。

豪華な食事や、旅先での食べ歩き、家では味わえない
なにか特別な愉しみは、とても魅力的です。その土地の
空気、水、家では味わえない雰囲気。とても良いものです。

それは”日常”があってこその楽しみです。

いつもの、普通の、あたりまえの、平常があってこそ
”非日常”が楽しい。


日常、をしっかり築くことって、すごく大事だと思います。


例えば東京からロンドンに引越しをした時、食生活は
がらっと変わりました。日常の普通の食べ物だった、
お魚、お米、納豆、豆腐・・・それらはすべて”非日常”に
なりました。


美味しいジャガイモ、美味しい乳製品、美味しいお肉たち。
はじめは私たちにとって“非日常”の食べ物だったものが
いつのまにか“日常”になりました。


この時の私たちにとっての日常は、今の私たちにとっては
非日常です。

だから、和食が良い、とか、西洋の食事は悪い、とか、
そいうことではないと思うのです。気候も、体型も、
環境も、なにもかも違うところで生きているのだし、
そこで育つもの、取れるもの、必要なものはそれぞれ違う。

だから、良い、とか悪い、とかではない。

大事なのは自分にとっての“日常”がしっかりあることでは
ないかしら。


ヴィパッサナー瞑想の修行は、つねに平常心をたもつ訓練です。
そのために、特別な環境が用意されます。

人としゃべらない、読んだり書いたりしない、そして
食事は菜食です。なるべく刺激のない、中庸の食事。

これは自分にとっての日常を波風のない状態にもっていく修行を
することで、少しでも波風が立った時それに気がつける感覚を
養うためにとても大切な環境なのだと思います。


刺激がとっても多い普段の生活だからこそ、自分にとっての日常を
しっかり築くことがとても大事なのですね。街の刺激、仕事のストレス、
人との関わり、といろいろな心揺さぶられることがあるからこそ、
自分の“日常”に戻って平常心を整えること。その大切さが
ますます注目されるのではないかと思います。


心のザワザワをごまかすために、”非日常”の食べ物を
食べまくる、騒いで、呑んで忘れる・・・時にはそうでも
しなければ身体も心も緊張の極限に達することもあるでしょう。
私も食べることで自分を甘やかし、ホッとすることを何度も
経験しています。

そういう生き方を選ぶのも、その人の選択です。
良い、とか悪い、とかではない。

でも、私自身はそろそろ日常の平常心を見つめなおしてみたいな、
と思っています。40歳、という年齢ももうすぐなことだし、
そういうお年頃(^^ゞになったのかな、と思います。


39歳の誕生日に、夫と二人でTour Dargentに行きました。
それこそ"非日常”な空間です。
その時「どんな30代だった?」という話になりました。

私はしばらく考えた後、「挑戦したかったことに向かって
走り続けてきたような10年だった」と言いました。自分が
やってみたかったことに貪欲に取り組んでこられた。20代はまだ
人がどう思うかな?と気にしていた節があったけど、この10年は
幸いなことにチャレンジをさせてもらう環境と行動力が与えられたこと
をとても感謝する気持ちになりました。

10年後、50歳を目の前にして私はどんな10年だったというの
だろう?今からそれが楽しみです。


最近本屋さんで”40歳”というキーワードの本をよく見かけます。
さすがにベビーブーマーの私たちを狙ったものが多いのでしょうか?

でも、世の中が私に合わせていろいろな情報を提供してくれている
ようでなんだかお得な気がします。ありがたい、ありがたい、です。

2010年11月2日火曜日

立ち止まる勇気

4年間続けてきたクッキングサークル&手作り点心の会。
今年6月をもって活動を縮小しました。

現在はほとんどの活動をやめていますが、味噌作りや
梅干し作りなどは、これからもやりたいと思っていますし、
せっかく出来上がったみそを持ち寄っての恒例の味噌会は
やりたいな、と思っています。


私の中で昨年ぐらいから感じていた違和感が、だんだんと
大きくなり、それは「疲れ」という形でのしかかってきました。

自分の潜在意識が感じている、本来自分がやりたいこと、と、
現在の自分の違い。それが積もり積もって一旦立ち止まること
を選択しました。


夫の転勤があるかもしれない、というのは私にとってとても良い
きっかけでした。結局転勤はなくなりましたが、私が立ち止まるための
大きなきっかけをくれました。


食べ物が溢れ、物産展、B級グルメ・・・と毎日大量の食べ物が溢れる
日本。グルメブーム、究極の味を求め、ものすごい金額が動きます。
一方、食品がこんなに安いのってありえるんだろうか・・・という
値段がついて売られていたり。


そういうのを目にするたびに、ものすごい違和感を覚え、
なぜ人はこんなに食べることに眼を血走らせるのか、と
恐怖心さえ感じるようになりました。(

もちろん、生命の維持のために「食べる」という行動
が欠かせないことは理解ができます。でも、そうとは
思えないこの”食”ブーム。


毎日の生活の中で得ることが出来ない心のまんぷくを
満たすために、身体の中に食べ物を詰め込んで、毎日の
生活の中で感じることが出来ない心地よい刺激を求めて、
激辛や味の濃い、こってりした食べ物を求める。

毎日の生活のなかで得ることのできない安心感を求め、
甘くて、やさしくて、ふんわりした食べ物を口にする。


私自身も食べることが大好きだったから、「ああ、こうして
食べることで何か満たされない気持ちを充足させたいと
思っていたんだな」って思う。


ひとりひとり、人は違った良さをもって生まれ、生きているのに、
こんなにも大量生産、経済を優先して作られた食べ物を食べていて
良いのだろうか。

自分を大事にするならば、自分を作っている食べ物は、もっとも大事に
育てられ、作られた食事であるべきではないか。


”来月のクラスの試作”、”新しい料理を考えること”などから
離れた現在の我が家の食卓は、自称”贅沢な素食”が並びます。

手作りの味噌、手作りの梅干し、自然農法の玄米、
炒ってゆっくり摺ったごま、夏に比べてちょっと元気がなくなってきた
ぬか床に漬けたぬか漬けなどを中心に、あとはきんぴらとか、
が1-2品。


大変快適。大変満足。


お昼は時々外で食べたり、もちろん友人と出かけたりもするので
いつもいつもこうではないですが、玄米をゆっくりゆっくり甘くなるまで
噛んで食べた時の美味しさは、本当に幸せです。


クッキングサークルに来てくださっていた方には、最後のクラスの時に、
それとなく私の食の志向が変わってきていることをお話しました。
なので、自分なりにみなさんに提示できるものがまとまるまでお待ちください、
というようなことを言ったように思います。


今の私が求めているもの、の形が少しづつ分かって来たように
感じています。これは立ち止まって見て初めて出てきた私の中の
欲求です。


忙しい日々、仕事を毎日続けるなかで立ち止まることは本当に
難しいことかと思います。私のように「休ませてください」と
いうことが出来るのは本当に幸せなことです。


でも、なにか違和感を感じた時には
やはり一旦立ち止まってゆっくりとゆっくりと自分の中の
欲求に向き合っていくことが必要なんだと思います。


そういう時間や、そういう空間を持つお手伝いを
したいな、って思います。

2010年9月14日火曜日

心の中にある完成図

私は3人兄弟の末っ子として育ちました。
9つ離れた兄、7つ離れた兄の下で、末っ子長女として育ちました。

夫も3人兄弟の末っ子。
兄、姉のもと、二男末っ子として育ちました。

3人目ともなると親も良い意味で適当になるし、好きなようにやらせてもらえるのでしょう。それに親から頼りにされる、というような役割、責任もあまりなく、自分がどうしたいか、ということがプライオリティーのトップになります。

もちろん、私も幼いころに親が病気になったり、母が病床に伏したこと、そして両親の他界など、折に触れ「親が望む子供」として頑張ってみたり、とにかく甘えるということのない子供時代を過ごしてきたこともありました。

でも、それは自分が勝手にそういう姿を演じることを選んだだけであって、根本の私の性質は、とにかく「自分がやりたいことを、自分のやりたいようにやる」ということが許される立場だったし、それは大変幸せなことだったとつくづく感じます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

夫とも良く話しますが、私達は本当に自由にさせてもらっていることをありがたく思います。

自分が行きたい学校に行かせてもらい、自分がやりたい勉強をすることができ、自分が挑戦したいことに挑戦させてもらえること。

誰に与えられたわけでもない、自分で選んだからこそ、うまくいかなくても自分の責任。そしてうまくいけばそれが成功体験として積み重なっていく。もちろんそれは自分だけの力ではなくて多くの周りのサポートのお陰での成功なので、そのことへの感謝の思いも湧いてくる。


バッチフラワーレメディを創ったバッチ博士が、”自分の人生を生きる”為にヒントとなるたとえ話を残されています。
私はこの話が大好きです。

(フラワーレメディ―ズウィズダム、より抜粋)




「ある少女が、間近に迫った母の誕生日のために、家の絵を描こうと決意しました。絵は、少女の心の中では、とっくに描かれています。家がどうなっているかを細部まで知っているので、画用紙に描くことだけが、彼女に残された仕事です。
 
 少女は絵の具、筆、画用紙を揃えて、熱心に、楽しく作業を開始します。絵は、誕生日に間に合うように仕上がります。少女は力の限り家の思いを形に表しました。
 
 それはまさしく芸術作品です。彼女自身のすべてであり、どの筆も母への愛に動かされ、窓も戸も、心に思う通りに描かれているからです。

 仮に干し草の山のように見えたとしても、描かれた絵は完璧です。 小さな画家が、全身全霊を注いで描いたのですから、その絵は成功しています。

 健康、成功、幸福、まことの奉仕とは、このようなものです。それは、全く自由な状態で、自分のやり方で、愛から仕えるということです。

 人は同じように、どんな絵を描くべきかを知り、人生行路をあらかじめ心に描いて、この世に生まれたのであり、それを物質的形に表すのが唯一残された仕事です。
 
 私達は、喜びと興味をいっぱいにして、絵の完成に全神経を集中させ、どんな環境を選んだにせよ、その想いを物質生活に翻訳するために最善を尽くして生きるのです。

 ですから、はじめから全力を尽くして、自分自身の理想、願いを仕上げるために生きるならば、失敗はひとつもありません。大成功して、健康で幸せな人生を送れます。
 
 さて、同じ子供のもう一つの話に、私達がそれを許せば、せっかくの成功と幸福と健康に干渉が入り、目的が果たせなくなることが語られています。

 子供が楽しそうに絵を描いていると、ある人が近づいて、「窓はここ、戸はここ、庭はこのように描くのよ」と声をかけました。

 子供は絵描きに興味を失います。続けたとしても、他人の思いを紙に写すにすぎません。いらいらし始め、楽しさが失われ、怖くて助言を拒めず、最後に絵が憎らしくなり、破り捨てるかもしれません。事実、子供はそうした反応をとるものです。

 ようやく仕上げた絵は、たしかに家に見えるかも知れませんが、失敗作です。 それは子供の思いではなく、他人の思いを解釈したものにすぎません。誕生日に間に合わないので、プレゼントに役立たず、母はもう一年待たなければなりません。

 これが干渉への反応、すなわち「病」です。それは一時的な失敗であり、不幸です。人生の目的に他が干渉するのを許し、疑い、不安、無関心が植えつけられると、このようなことが起こります。」


自分自身の人生を歩むこと、自分自身の心に描いた絵をキャンバスに描くこと。
他人と比べることなんて何の意味もありません。

「こうでなくてはいけないのではないか」と自分自身で作り続けてきた心の縛り目を、一つ一つほどいていく作業を今とても大事にして日々を過ごしています。

自分が良いと思うこと、心地よいと思うこと、好きなもの、好きなこと。
それを大事に過ごしながら、もともと私が持って生まれた「心に描いた完成図」を見る日を楽しみにしています。

2010年9月7日火曜日

変化を実感すること

整体に通い始め、教えてもらった運動を毎日していると、
お肌がつやつやになってきました。
先生に聞いてみると「リンパの流れや腸の働きが
良くなるから肌にも良い」と教えてもらいました。

これは嬉しかったのですが、一つ戸惑ったのが、体重の増加。

私はもともと腸の働きが弱く、また交感神経優位な人
でしたので、いくら食べても代謝される方が多くて太らない
人でした。

しかし、この運動をして、消化吸収が良くなったこと、
そして、先生の治療で自律神経の働きがバランスを
取り戻してきたからか、一気に体重が増えました。
今までの最高記録を更新しそうになり、ゴルフをするには
ある程度身体が大きくても良いんだよな・・・とは思いつつ、
脂肪で大きくなってきた身体を見つつさすがに本気で何と
かしようと考えました。

今まで、40歳を過ぎた人から「40を過ぎると生まれ
持った体質が若いころより出るようになってくる。
体型も変わってきて、今までと違うところに肉がつくようになる」
と聞いてきました。それも一人じゃない、何人かの人から
お話を聞いていたのでそういうものかあ、と思ってました。

あと数日で39歳の誕生日を迎える自分。
整体での変化もありますが、やはり年齢による代謝の変化
なども見逃せないのだと悟りました。

私の母の家系はもともと大柄な人が多い家。
母は170cmで100kgぐらいあった人です。なので、私は
痩せっぽっちだった小さなころから「将来はああなるからね」
と言われてました。

今までは「いくら食べても太らない」という燃費の悪い身体
でしたが、これからは意識を変えないといけない、と今回の
ことで思い知らされました。自分の身体の傾向を知って、
手入れをすることの大切さ。

セルフコントロール好きな私としては結構楽しんで取り組んでいます。


✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾✾

しかし、やみくもに食べる量を減らしたり、ハードな運動をするのは
私の好みではありません。

夫が以前買ってきていた面白い本。

「40歳からの肉体改造」




身体を緩めること、リンパの流れなどを改善し老廃物の
たまらない身体にすること、緩めることで睡眠の質が上がること、
などを目的としています。40歳じゃなくても身体に良いことに
違いありません。



最近の我が家の食卓は”贅沢な粗食”状態。

精米したてのお米、自家製ぬか床で作ったぬか漬け、
自家仕込みの玄米味噌のお味噌汁や梅干し。
お野菜中心のおかずと、お豆などが数品ついてとても満足♪

年齢と共に、食べることそして消化することの身体への負担は
大きくなってきます。自分の普段の運動量や必要としている
エネルギーなどをきちんと感じ取ってセルフコントロールして
いくことがとても大事ですよね。


自分が「年齢による変化」を考慮に入れる年になってきたことを
何だか嬉しく思います。


今まで経験していないことを経験できるわくわくな気持ち。
これからもいろいろな変化を体験していきたいです。

kominka

kominka
kominka