2012年10月15日月曜日

今日はトイレのリフォームについて。

先日のブログで、迅速さや効率を求める人からすれば
「何を馬鹿なことを」と思われそうな、不便を厭わない
暮らし、のことを書きました。

効率も大事。どちらかというと、普段の生活では、
私はものすごく効率を重視していると思います。

効率が悪いことを嫌ってる、と言っても良いかもって
ぐらい。

そんな私がどうしても効率を厭わず”好きなこと”は
家に手をいれること、です。

「都心に住む人にとっては部屋は寝るだけのスペース。
当たり障りないインテリアであることがありがたがられるんです」
と、以前不動産屋さんから聞きました。

私にとっては、家は自分が心地よく暮らすための一番の基礎。
与えられた空間や条件の中で、いろいろと工夫して自分なりに
快適に過ごすための作業をするのが、楽しくて仕方ありません。


今日の話はトイレ。トイレのリフォーム作業のレポートです。

まず、ビニール製のクロスはすべて撤去。
そして、漆喰を塗りました。漆喰にすると嫌な臭いが
まったくこもらなくなります。湿気も調節してくれるし、
本当に心地よくなります。

そして、次に気になったのが床。

どうしても、クッションフロアの足ざわりが心地よいと思えず、
フローリング貼りたい、と思ってもそれは手間と費用とが
かかりすぎ。

以前、表参道のフレンチアンティークを扱うお店で何気な~く
目にしていたのがこれでした。そうだ!これを使ってみよう。













通販で買えます
”オルネ ド フォイユ” こちらです。

厚さが2㎜程しかないので、扉の開け閉めも心配すること
ないし、シールで貼れるので超簡単。カッターなどで
切ることが出来、歩いた感じは木のようで、本当に良く
出来てます。

ソフト幅木も嫌いなので、幅木は本物の木を購入。
のこぎりでサイズに合わせて切って、仮置き。

幅木はこちらで買えます
”みはしショップ”

こんな感じだったのが・・・



















こんな感じに~♪




 



 この貼り方にしたのも結構満足です。

そして、今日ロンドンで購入したトイレットペーパー
ホルダーが届きました。あと、マットも。




















トイレの壁を漆喰で塗った際にホルダーを取り外して以来、
なんかよいホルダーないかな~と思ってたんですが、
どうしても気に入ったものが見つからず。

そうこうしているうちにロンドンでこのホルダーを発見し、
そうだよね、壁につけなくても良いじゃない!と思い、
即刻購入。

やっと届いて、これで暖房便座の操作盤にトイレット
ペーパーを置いて使っていた日々からも解放されます(笑)。


さて、ここまで来たら次は、白木のまま残されている幅木を
ペイントする作業と、その他装飾。

またここからしばらく考える作業が続きます。
何色にしようかな~、どんな小物を置こうかな~。
考えてる間は作業は先に進まないので、またこのままの
状態で数か月過ぎてしまうかもしれない。

でも、こうやって考えている時間が私は大好き。

なので、家に半年カーテンがなかったり、照明が
1年なかったりするのもざら(汗)

家のいたる所がお気に入りの場所になって、家での
時間がとてもハッピー!になれます。

難しそう・・・・とか、思う人もいるかと思いますが、私は
いつもそういう人に「やってみようと思わなければ、
出来るはずないよ。やってみれば、試行錯誤すらも
楽しいんだから♪」っていうんです。

私は素人。プロのような完璧さなんて求めてない。
寸分の狂いも許せなければ最初からプロにお願いすれば
良いけれど、私はそんなことよりも、自分で手を入れる
楽しさを優先します。

最近家に来て、私たちのDIYの作業を見たリフォーム
業者さんに真剣な顔で聞かれました。

「奥様は、何をやっている方なんですか?!」

いつか「『奥様は魔女』です」というジョークを軽く飛ばせる
懐の深い人間に、私もなりたい、です(笑)。

家は住む人にとっての”キャンバス”ですね。
楽しみは、今自分のいる場所に無限にあります!!

2012年10月10日水曜日

美しい景色のおすそわけ

北海道の、有名なガーデンと言えば、上野ファーム

上野ファームで庭を作るきっかけとなった頃のお話を
読みました。多分、この本だったと思います。






お米を買いに来る方に「少しでもきれいな農場を楽しんで
いただくため、また、、農村の景観をもっと魅力的にするため」
という理由で花壇を作り始めたのがきっかけだそうです。

足を運んでくださる方のために、美しいお花でお迎えしよう、
という想い。なんと素敵!


今年の夏、Biburyというイギリスのコッツウォルズにある村を
訪れました。ウィリアムモリスが、イギリスで一番美しい村、
といったと言われています。

その言葉通りでした。
息をのむほど美しい。

 





この景色を、そして、この16世紀頃からの家を維持するために、
多くの人が、決して簡単ではない努力をしているということが、
すごく実感できました。

イギリスでは指定保存建築物になった建物は、例えば屋根の
修復をするにも自治体からの許可がなければ直すことが出来
ないので、許可が出るまでの時間、時には1年も2年も、雨漏りの
する屋根と共に時間を過ごさなくてはなりません。

そして、使える建材も全て決まっていて、それは決して安価な
事だけを優先したものではなく、こういうこと一つとっても
このような建物に住むには、相当の責任感を伴うということが
分かります。

しかし、反面、たとえば家をペイントする色も全て指定がされて
いるため、なんだかヘンテコな色の家が突然出現するような
状況にはなりません。

一人一人の人が、歴史を経てきたものを尊び、それをこよなく
愛し、美しく暮らすことを自らの喜びとしているからこそこの
風景や守られているのであって、経済・効率・迅速さ・手軽さ
を優先する社会では「なんと馬鹿げたことを」と思われるに
違いありません。


古民家と共に暮らすようになり、以前よりももっとしみじみと
このことを思います。

すきじゃなきゃ、出来ないよね、って。

そう、私はこういうのが「好き」なの!
「楽しい」の!!


都会の暮らしは、ありがたすぎるほどに効率的で、
便利。寒くても、暑くても、暗くても、風が強くても、
夜でも、朝でも、外のことに全く影響されないで
暮らすことが出来る。

その暮らしは、ともすると、人間としての機能をどんどん
鈍らせているように感じます。

人の感覚器官は、使わなければどんどん衰えるんだそうです。
そんなの、楽しくない~(>_<)

都会のど真ん中に育った私だからこそ、一見不便と思える
暮らしに興味があるのだなって。そういう暮らしが「楽しい」な、
って思えるんだな。

楽しいと感じることに正直に、暮らしていきたいです。

 
まだまだ、草刈りに追われるばかりで、素敵な田舎を実現出来るにはしばらくかかりそう・・・




2012年10月5日金曜日

「自由」について思うこと

大学時代の友人がtwitterで

「自分をコントロールしようとしてくる人にはかなり
反発心もってしまうな。絶対的な正しさなんてないのに。
あなたの正しさを押し付けられても困る。」

って、つぶやいてた。

これ、すごく心に響いた。
私はこう返信した。

「私もこの夏、このことを深く観察したよ。
自分の行動の、思想の自由を制限されることに
ものすごい嫌悪を抱いて生きてきたことに改めて
気がついた。

でも、嫌悪を抱く必要はないんだよね、ただ相手の
コントロールを受け取らなければ良いだけ。
平静な心はやはりステキです(*^^*)」

・・・・・・・・・

私は10代のころ、親が私に対して良かれと思って
やってくれることにすごく拒否反応を示していた。

例えば、私のために、と貯金をしてくれてたのを
「迷惑だからやめて!」と言ったりして。

そのやり取りをした時のことを明確に覚えていて、
私はその時の自分の興奮した様子まで思い出すことが
できる。

この夏、なぜ私がそれほどまでに嫌悪感を
抱いたのか、ということの答えにいきついた。

私は、親にお金を出してもらうことで、自分の自由を
制限されたくない!と思っていたんだ、ということに。

ちょっと考えてみれば、学費だって、生活費だって親の世話に
なっているっていうのに、なんと馬鹿げた反発だろう、って
思うんだけど。

あのころの私には、そんなことすら分かってなかったんだね。
愚かだわ~って思う(笑)。

私にとってお金=支配、という構図だったのだと思う。

私が真になにを望んでいたかと言えば「自由」なんだと思う。
行動の、思想の、自由。
私がやることを制限しないで!って言いたかったんだろう。

そして、思いっきり嫌悪を抱いて反発してた。
「力いっぱい」って感じで。

20年の後に、そのコントロールを受け取らない術を
修行することになるとは、まったく予想もしてなかったけど。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


"Hairspray"というミュージカルをN.Y.で観ました。
映画でもヒットしてたから結構有名ですよね。


 

その中に"Mama, I'm  A Big Girl Now"という歌があります。
(リンクをクリックすると音声でます-Youtube)

私はこの歌が大好きです。



これは歌詞の一節です。

Ma, you always taught me
What was right from wrong
And now i iust wanna give it a try
Mama, i've been in the nest for far too long
So please give a push and mama watch me fly


「ママはいつも私にものごとの善悪を教えてくれてたよね
いま、私はそれを試してみたいの
ママ、私は″巣″の中であまりにも長い時間を過ごしちゃったのよ
だからお願い、私を一押しして、私がはばたくのを見ていてちょうだい」


私は、自分が失敗する機会、痛い思いをする機会、
そこから学ぶ機会を誰にも奪われなくない!と必死だった。

そして母は、私が痛い思いをしないように、辛い思いを
しないように、と心をかけていてくれた。

母が亡くなった直後は「もう少し甘えたほうが親孝行
だったかな?」なんて思った時期もあったけど、かたくなに
反発していた自分をやっと理解できて、今、やっとその頃の
自分を受け入れられるようになった気がする。


自分の自由が大事なら、相手の自由も大事にしなくちゃ、って
そう出来ていない自分を反省するばかり、なのだけど。

でも、少しづつ進んでいると思いたいです。

2012年10月4日木曜日

飾り気がない、こと

1つ前の記事で、瞑想の先生方があまりにも「ふつう」で
飾り気がない、って書きました。

ふつうでつまんない~、とか、そういう意味では全然
ありません(笑)。

むしろ、普通、であることのすごさっていうか、まったく自分を
背伸びしたり、大きく見せようとかしないことのすごさ、
っていうか。

まさに「自然のままに」って感じ。

それってすごいことだよな、っていつも思います。。
そういう素晴らしいお手本がそばに居てくれることって
とてつもなくありがたいことだって思う。

そして、そうではない自分=背伸びしたり、飾ろうとする
自分に気が付く。そういう自分ってダメじゃん、っていうことじゃなくて、
今の私はそうだな、って。

瞑想仲間と一緒にいると、自然のままでいられることが
多いと感じます。。だから、すごくホッとするし、表現悪いけど
「なーんにも考えてない」感じがする。どう見せようとか、
そういうことに全く頭を働かせてない、っていうか。

そして、それがもっと感動なのが、自分が自分らしさを
発揮して、仲間もその人らしさを発揮してると、なんか、
思いもよらぬほど、うまーく調和がとれてるってこと。

1人じゃ到底できないことが、こんなに素晴らしく美しく実行
されちゃうんだ~♪って、感動さえしてしまう。


全体を俯瞰することが得意な人もいれば、細かいことを
こなすのが得意な人もいる。身体を動かして働くことが
得意な人もいれば、事務仕事が得意な人もいる。

仕事がとにかく早いタイプもいれば、じっくり取り組むタイプもいる。
話したり交流をするのが好きな人もいれば、黙々と1人で
こなすのが好きな人もいる。

ありのままを受け入れて、お互いの自由を敬うとこんな世界が
あるんだよ、っていうことを、目の前に「ほらねっ」って広げられてる
感じ。


私はこういうことに深い感動を覚えるタイプ、なんだね~って思う
今日この頃です。


2012年10月3日水曜日

天真爛漫


<天真爛漫 >
飾らず自然のままの姿があふれ出ているさま。
生まれつきの素直な心そのままで、明るく純真で無邪気なさま。
▽「天真」は純粋な性格、「爛漫」は自然のままに輝き現れる様子。

・・・・・・・・・・・

瞑想の指導をしてくださる先生や瞑想を長く続けている方たちと
親しくさせていただくようになって、その姿をみて思った言葉、
それが「天真爛漫」でした。

今まで、日常生活の中でこの言葉を使ったことって
あまりなかったけど、もう”この言葉しかないよね”って
ぐらいピタッとくる感じ。

私の中では瞑想って、あるいは「中庸」とか「平常心」とか
「バランスのとれた心」って、なんだかちょっと高嶺の花っていうか、
高尚な感じっていうか。そういう”ありがたい”って感じがしてた。

だから、瞑想続けてると、偉い人、とか、ちょっと難しいこと言う人、
とか、そういういわゆる「オーラがある」みたいな人になっていくのかな?
なんて思ってたし、そういう理想を心に抱いていたように思う。

でも、先生方とかって全然そうじゃない。
あまりにも普通、っていうか、あっけないほど飾り気が全くない。
ちょっとこちらがびっくりするぐらい。

そんな中で思ったことは、修行をする行く末、人は「一つの完成形」
のようなものに近づいていくのではなくて、人は一人ひとり
自分らしさを完全に開花させていくんだ、ってこと。


ひとつひとつ結び目から解放されて、自由になることは
すごく素敵なことだと思う。その機会を一人でも多くの人が
享受できたらいいな、って思う。


kominka

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